シグロ40周年特集上映
シグロ40周年特集上映
12/26(土)~12/31(木)
シグロ40周年特集上映
12/26(土)~12/31(木)
あるがままの世界を記録し続けた
40年目の回顧上映
株式会社シグロ。
土本典昭監督の水俣の記録映画シリーズなどを製作していた青林舎から独立。1986年7月21日、代表の山上徹二郎が株式会社シグロを設立。社名の「シグロ」は『百年の孤独』(ガブリエル・ガルシア・マルケス著)からイメージしたもの。シグロはスペイン語で「世紀」を意味する。
公式ホームページhttps://siglo40th-anniversary.com/
企画・配給シグロ
入場料 一般1,900円/会員・大専・シニア1,300円/高校生以下800円
作品紹介
人間の街-大阪・被差別部落-
©1986, 青林舎/Palabra
1986年/80分/日本
監督:小池 征人
企画:同和対策審議会答申20年記念映画製作委員会
製作:山上 徹二郎
撮影:一之瀬 正史
音楽:小室 等
人間が人間を無視するってことほど、悲しくてつらいことはない。
けど、とことんしいたげられたから、とことんやさしい、あったかや
差別の重さ、人間の輝き。
映画は郵便局勤務の男性の語りから始まる。彼のところには名ざしで職場をやめろ、死んでしまえなどという手紙が来る。
差別は厳然と存在している。この映画は被差別部落の人びとのさまざまな語りから その差別の重さを感じさせる。いくつかの物語をつなぎ合わせて、人間のもつ輝きを拾い集めようとしている。
立ち上がる解放運動。
住宅要求闘争を語る女性。入居した時はうれしかったが、部落の共同性が失われていった。また、住宅がねたみの対象とされ、新しい差別をうんだ。部落の男性と結婚した女性は結婚後15年たっても家族との交流がない。しかし、彼らは差別にうちひしがれてばかりはいない。
「障害児も地或であたりまえに生きたらいい」と解放運動に教えられ、障害者の施設を部落の中に作った人びとがいる。「この地或やから生きてゆけるんとちがうかなー」と語る。水俣出身であることを隠してきた一家は子供の保育園入所をめぐって部落の人たちと知り合い、解放運動に立ち上がった。「部落は私のいのちです」と母は語り、息子も「部落がふるさと」と言い切る。
「誰れかが牛殺さな」
圧巻は屠畜場の屠畜シーンと屠畜技術者が小学校に出向いて自分の仕事について子供たちに語りかけるシーンである。ナイフ一本で肉にしていく確かな仕事は職人芸である。
彼はいう。「“誰れかが牛殺さな、たべてかれへんねん、肉たべられへんねん”て言えるくらいな、みんな子供になってほしいなと思う」
狭山事件-石川一雄・獄中27年-
1990年/90分/日本/製作:シグロ
監督:小池 征人
企画:中央狭山闘争本部、部落解放同盟中央本部
製作:山上 徹二郎
撮影:大津 幸四郎
音楽:坂田 明
踏みにじられた真実、冤罪事件を追う
1963年5月、埼玉県狭山市でおきた女子高校生殺害事件—
いわゆる狭山事件は届けられた一通の脅迫状に始まる。警察の捜査は被差別部落に集中し、一人の若者が別件で逮捕された。 石川一雄さん、24才。
逮捕から27年。石川さんは千葉刑務所の獄壁の中から無実を訴え、二回目の再審請求を東京高等裁判所に申し立てた。 映画は、当時の事件関係者の生なましい証言を追って、狭山事件とは何かにせまる。
当時、取材で現地にはいると、犯人は部落民だと言われ、ショックを受けたと語る当時の新聞記者。事件直後、石川さんの無実を信じ、支援にのりだした元市議会議員も、部落民ならやりかねないという言葉を何度も聞いた。当時から狭山に住むある在日朝鮮人は「事件があるといつも警察がねらいをつけるのは部落民か在日朝鮮人」だと語る。
共犯だとして別件逮捕され、自白を強要されて、警察で自殺をはかろうとしたという石川さんの友人の証言。映像がつきつける事実が薄れかけた記憶を激しく揺さぶる。
狭山事件で、捜査陣は何を考え、何をつくりだしたのか。映画は、事件の発端となった脅迫状の分析を試みながら、真犯人の像をさぐる。そして、石川さんの生い立ちを追って、文字と無縁だった石川さんの被差別の生活史を重ねていくと、そこには大きな落差があった。脅迫状と石川さんが逮捕前に書かされた上申書との大きな違い。
そして、つぎつぎに明るみに出てきた新事実。犯行現場とされる雑木林のすぐとなりの畑で農作業をしていた人の証言、家宅捜索の責任者だった元刑事の証言が、石川さんの自白と捜査の問題点を暴く。狭山事件の捜査本部長だった元埼玉県警刑事部長へのインタビューが、時を経たいまも、私たちに事件の真相を鋭く突きつける。