三里塚のイカロス

三里塚のイカロス

©2017 三里塚のイカロス製作委員会

2017年/日本/カラー&白黒/138分/DCP/5.1ch/配給:ムヴィオラ・スコブル工房
製作・監督・編集:代島治彦
撮影:加藤孝信
整音・音響効果:滝澤修
音楽:大友良英
写真:北井一夫
宣伝デザイン:鈴木一誌

公式ホームページ 有隣堂伊勢佐木店全国共通鑑賞券

トークショー
10/7(土)上映後、飯塚敏男さん(映画監督・元小川プロダクション)×代島治彦監督

成田空港のその下に“あの時代”が埋まっている。
三里塚で農民とともに闘った若者たちの、誰にも語らなかった“あの時代”と“その後の50年”の記憶。

サンリヅカって何ですか?
“あの時代”って何だったんですか?

 ある日突然、この土地に空港を作るから出て行きなさいと言われた農民たちの闘い。それが日本で最大の国家権力に対する抵抗運動、成田空港建設反対闘争だ。成田市三里塚の農村地帯に巨大空港を作ることを決定した政府による暴力的な土地収奪に、農民たちは抵抗運動を開始した。そこに、若者たちが集まったのだ。農民たちの抵抗を支持し、三里塚を革命のための拠点とし、すべては変えられると信じていた若者たちが。あれから50年。
 若者たちが農民とともに国を相手に闘った“サンリヅカ=三里塚”から、今、若者が海外旅行へと楽しげに出発して行く。そこでかつて何があったのか。多くの若者は知らない。若者だけじゃない。忘れてしまった人も多い。成田空港のその下に“あの時代”が埋まっていることを。
 何かが変わる時代だった。3億円事件があった。オールナイト・ニッポンが始まった。映画『卒業』があり、『猿の惑星』があった。フォークソングにフリージャズ、サイケにゲバ、ベトナム反戦に68年革命。若者たちが、今が時だ、と迸った。あの時代――それはまるで世界中が「政治の季節」に燃え上がるようだった。だが、それは、結末を迎える。農民とともに闘った、あの時代あの若者はイカロスだったのだろうか。イカロスは墜落した。「三里塚のイカロス」は何を残したのか。それとも何も残さなかったのか。

三里塚の農民とともに国家権力と闘った若者たちの
“あの時代”と“その後の50年”

 本作は「映画芸術」日本映画ベストテン第3位、日本映画ペンクラブ文化映画部門第2位、「キネマ旬報」文化映画ベストテン第4位に輝いた『三里塚に生きる』の姉妹編である。前作は日本ドキュメンタリー史の巨人・名キャメラマン大津幸四郎(2014年没)と代島治彦の共同監督で、大津が40年前に撮影した伝説的な小川プロ作品を『日本解放戦線・三里塚の夏』(1968年)以来、初めて三里塚を訪れ、あのとき国家と闘った農民の人生を中心に描いた。対して本作は、代島治彦監督が農民とともに闘った若者たちの人生を描いている。これは前作撮影時からの、もう一本の“撮らねばならなかった物語”なのだ。
 登場するのは、25年にわたって三里塚闘争の責任者という立場にあった者、農民支援に入った農家の若者と恋をして結婚した女性、義勇兵という気持ちで若い妻に置手紙して戦いに参加した元国鉄労働者、反対闘争をテレビで見て京都から駆けつけた当時高校生の活動員らの他、農民運動家や元空港公団職員など。これまで誰にも語らなかった“あの時代”と“その後の50年”の記憶を語っている。中核派政治局員として1981年から2006年まで25年間三里塚現地責任者を務めた岸宏一は、本作完成後、今年3月26日、谷川岳で遭難。この映画がいわば彼の遺作となった。
 音楽は大友良英による“これしかない”フリージャズ。撮影は小川プロ出身の加藤孝信、劇中で印象的なイカロスの絵は、世界中を旅して描いた絵を本にした『PRIVATE WORLD』で知られる下田昌克が手がけている。
 羽田空港が国際化した今、成田/三里塚へ駆けつけた若者たちは何を想うのだろう。あれから50年。

イカロスとは…

[英:Icarus] ギリシャ語神話に登場する人物の一人。蜜蠟で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで翼が溶けてなくなり、墜落して死を迎えた。イカロスの物語は人間の傲慢さやテクノロジーを批判する神話としても有名であるとともに、手の届かない理想を抱いたものの寓話として語られることも多い。マルク・シャガールによる絵画作品「イカロスの墜落」は代島監督に本作のインスピレーションを与えたものの一つ。

*第18回チョンジュ国際映画祭 正式招待作品

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